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(主に大分の)珍種バス停写真のブログ。 バス停大好きっ子も厄年を過ぎました。
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cecf1d60.JPG 日田に行く道中、国道386号線を通るといつも惹かれる場所がある。

 車で運転してて、バス路線に沿う快感ってのがたまーにあるのよね。
 「あー、この道、バス通すために改良してる」
 って感じがわかって、どんどん進むとホーロー看板なんかがあったりバス停と商店があったりして。狭いと離合ポイントまで見つかったりして。

 それを感じる道の1つがこの黒川線だ。杷木という町から出ている。沢の上流のほうに向かって、ちょっとした峠を越えて盆地の集落に向かう。

 通る道は県道なのだが、当然狭い。
 特に小さな峠を越えるあたりは九十九折になりその間に集落・バス停なんて凄い場面にも出くわす。
 峠を越え、盆地の真ん中に県道の交差点がある。
 集落の中心に小さな商店と、小学校がある。農協も見える。
 バスはそこでおしまい。

 そこを通り過ぎると、その先まで続く県道はとたんに味気なくなる不思議。
 不思議なものだなあ。

 集落の真ん中の商店でガムを買おうとしたら、その当時とうの昔に生産中止になったガムが売られていた(!!)。今行ったら、どんなガムが売られているのか凄く気になる。

f229a56e.JPG 453ffa78.JPG
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 バス停の画像庫は自分、まったく整理していない。
 もう、困ったくらいに。

 あまりに雑多に積まれているので、「公文書の何とかに使ったあの画像」とか「病状報告用に撮った写真」とかもバス停と一緒に積まれていたりして。毎回うっかり目にしてしまってブルーになったりするんですが、中には「何でこんなの撮ったんだ?用途あるのか?」って物が混じっているときがあります。

 そんなののご紹介。

●その1

VFSH0021.JPG 何年か前の某劇団(音響参加)での公演時の写真。
 いや、キューシートってあってな?音響のきっかけを表にするやつ。
 現場が身内で、和やかだったから許された。
 もちろん一番人気はバンリキ魔王でした。

 ちなみに俺用のやつは
2818cadd.JPG・・・何が悪い!!

●その2

VFSH0043.JPG

 筑後川で撮ったものです。
 その風景に、「必殺からくり人」という時代劇を思い出しました。
 主題歌とともに、夕暮れでオレンジに染まったこんな川と船の風景が流れ、それらをバックにキャストロールが流れます。
 主題歌タイトルは「負犬の唄」。スタッフロールの中盤くらいで、画面中央に力強い習字体で表示された「負犬の唄」の文字は、その一度聴いたら忘れない曲調とともに強く印象に残ります。

 ・・・で、後日。
 嫁(当時彼女)がさきいかを買ってきた。
 パッケージの中央に力強い習字体で「漁火の唄」。

 「からくり人っぽいねえ!!」
 「やつれた女の夢見そうだねえ!!」
 「夜更けのバスに揺られそうだわ!!」

Vfsh0043isaribi.jpg・・・気がついたらこんな画像を作っていた。

 ・・・。

 やった後に「これ、何が面白いんだ?」って気づく典型的な例だと思うんですが、もうその辺に関しては一切目をつぶってください。頼むからお願い申し上げます。

●その3

 普通に壁紙用に。
VFSH0122.JPGジャンベとジャノメチョウ。
 森の近くでのセッション中撮影。
PICT0128_R.jpg 日田バスの有田線は、公式サイトにも載っているにもかかわらず一応市の福祉バスに転換されている。
 バス停のほとんども市の福祉バス用のそれに変わっている。

 俺は日田バスのバス停としての「王手石」や「缶詰工場」が見たかったけれど、それはまあ仕方がない。
 いや、この路線にそんな名前のバス停があるわけよ。
 スッゲーそそる名前と思わね?
 ・・・無くなってしまったのだから男ならぐっと我慢だ。
 一応行ったけど、真新しい標柱はやっぱ興ざめた。

 さてそんなリストラクチャーをくぐりぬけて、早い話取り壊したり取り外したりが面倒なバス停が4~5個現存していたりする。とはいえちゃんと、真新しい標柱も一緒に設置してあるんだけれども。
 終点・岩下の一歩手前のバス停。

 美しい。
 なんつうかこう、峠道の木陰で日傘を指す清楚なお嬢さんみたいな、そういう景色だった。
 いや、幾つもこういうバス停には行ってるんだけどね。そんな感情になったのはこのバス停が初めてだった。

 何でそんな感情になったのか、いまひとつ言葉にできないんだけれど。
 桜の季節にもう一度訪れてみたい気がした。
 あの木、桜だったら出来すぎだよな。確か違ったと思うけど。

PICT0126_R.jpg PICT0125_R.jpg
バス停探すのも大変。

PICT0250_R.jpg
・・・どこだ?

PICT0249_R.jpg・・・ここか!!

PICT0248_R.jpgここなのか!!!

 実際ここまで来ると自分も手馴れたもので、「ああこんな集落あんだったらどっかにありそうだね」で車を降りるとそこにあったみたいな、そんなことばっかりです。
 ・・・たけのこ掘り名人みたい。
PICT0481_R.jpg 旧中津江村に行くと、立派な木で作ったバス停にあんまりにも大まかな時刻表がついている。見た人ならわかる、大雑把かつダイナミックな時刻表。何故って定期便は0.5往復の1本だけでその時刻が全バス停分書いてある。あとは前日予約で時間指定をすると乗ることができるらしい旨が書いてある。

 その時刻表の右下に、
 「室原発小国行き」
 なる一日5本の時刻が入っている。

 室原は中津江の中心・栃原から車で5~10分、歩いて多分1時間くらいか(高低差きつい)。
 県境を越えたとこから、小国というやや開けた街に出られる交通手段になっている。日田よりもずいぶんと近いし、病院などはこっちにあったほうが便利だろう。

 で、行ってみた。
 あ、バスがいた。
PICT0479_R.jpg
 このブログバス停を扱っているが、バスそのものはなかなか出会うことがない。
 自分の撮ったバス停画像庫を見ても、バスが写っているものは本当に少ない。
 バスそのものに興味がないというのもあるが、バスそのものに携わっている関係者(ここでは運転手)に出会うと気恥ずかしいというのがある。

 声を交わさずそっと一礼をして、バスを見送った。
PICT0480_R.jpg

 ところで中津江村と聞いて室原とくると、ぴんと来る人がいるかもしれない。
 そう、日本の巨大公共事業による土地収用に一石を投じた、蜂の巣城事件。
 1956年の筑後川大水害に端を発した治水目的で、松原・下筌ダムがここに建設されることになった。しかしあまりに事を急いた建設省は、地元住民への説明不足・一方的とも言える事業認定など、住民への不信感を高まらせるに余りある失策を重ね。
 室原知幸氏率いる住民たちは、蜂の巣城と呼ばれる監視小屋を建て篭城。

 その顛末はぜひ調べてみてほしい。
 室原氏は、ダム建設後のインフラ整備について、特に現存する橋や道路についての注文をしたという。
 そういわれてみれば、中津江は橋や道路はしっかり充実しているのに、どぎつい人工物の色を一切感じない不思議な感じがした村だった。
PICT0489_R.jpg PICT0491_R.jpg


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★激動の昭和の荒波に耐えて田舎に都会に生き残る、珍バス停たちが大好き。しかし嫁は全く無理解。
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