(主に大分の)珍種バス停写真のブログ。
バス停大好きっ子も厄年を過ぎました。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 こんな人のインストアライブとか人に会ったりとかneco眠るのCD買ったりとか。・・・あ、neco眠るというのは大阪のダブバンドなのですが、田舎めぐりドライブのBGMに最高です。興味ある方は是非。 で、人に会う際お土産を買わなくてはと思っていたら、ちょうど市役所の前で大分の物産展イベントをやっているじゃないですか。テントブースの一つ一つに、大分県のなんとか市、なんとか町と書いてらっしゃる。 で、いくつかの市で情報を収集し、玖珠町ブースを通りがかったところで呼び止められる。パンフレットを受け取る。相手は、自分よりちょっとしたの年齢であろう女性お二方。 「いやあ、あたしゃ玖珠はよく行くんですよ、写真撮りにね。珍種があるんです」 「ああ、植物とかそんなのですかね?」 「バス停ですよ。日本でも珍しくなった、変わった形のバス停があるんです」 「え。そんなのありますっけ?どの辺ですかね?」 「玖珠町ですと、北山田の駅から南行ったとこ・・・妙大寺とか、中通りとか」 「・・・それ、私の住んでるとこです。」 「・・・うわあ。」 「確かに壁に貼ってるだけですもんね。よく考えたら珍しいですね」 てなワケで、そんな奇跡体験をしたところでこれを出さないわけには行かない「中通り」。 発見時は夕方で、またこの道路車通りも多かった。地元の人も怪訝そうにこっち見てた。うん。 ひょっとしたら撮ってる姿、見てたかもしれませんよ!! かなり希少な発見困難型軒下バス停。もし車などで探索しようと考える方がいらっしゃったら、探すのに夢中になって、事故らないよう気をつけてください。あ、それからできれば玖珠でお買い物をして帰ってください(ささやかなPR活動)。 ※ちょっと宣伝 放生会関連のオープンイベントで、ダンスと即興演奏のパフォーマンスがありまして、そこに参加をしております。 2009/9/14(月) 19:00~21:00 JR箱崎駅前西口の駅前広場 ノートPCをアンプに繋いでノイズを出したり、歌ったりしてる細い人が演奏組にいたら、自分と思ってください。 PR
玖珠町と日田を結ぶ国道から、山側の集落を経由して再度北山田駅付近で合流する迂回線のバス停。迂回線は真っ先に廃止の対象になりやすいものなのだけれど、再合流した国道の更に先にある盲腸線(山浦線)と合体することで生き延びています。 この迂回線、初回でバス停を2つ見落としたところで「これは期待出来そう」とは思ってたけれど。 この隣の「中通り」は件のサイトには存在すら認められていません。これは凄い。 冒頭のリンクに載っている地図のこのバス停の位置は、その「中通り」のものです。 だから、日田バスの標柱だったものはこの形に全部置き換わっているのだけれども。待合所や軒下といったタイプはそのまま、放置されている。有田線では4個確認できたが、同様の山手線は残念ながら全てが置き換わっていたと思われる。 このバス停は、そのうちのひとつの軒下タイプ。 ・・・というかこのバス停、おそらく廃止になってもそのまんまじゃないのか?って気分になる。・・・理由は、その置かれている高さ。こりゃあ手が届かないや。前の道路は改修済みの新道なんだけど、多分これ、路盤高が下がってるね。だから余計に、見上げる高さにあるように感じる。 おそらくこの福祉バスが無くなる時が来たとして。 この軒下の標識は忘れ去られたまま、そのまんまになるんじゃないか? と、そんな淡い期待をしています。ずっと残ってくれたらいいなあ。 地元の人はこれらのバス停が生き残ってる現状が全国的にも珍しいことを、やっぱり知らないようだ。ちなみに福岡市内・郊外線にはつい最近まで待合室・ぶら下げ型のバス停が存在していたが、2年前行ったらなくなっていた。「うちにあるよ!!」という情報をお持ちの方、ご一報いただけるとありがたい。飛んで行きます。 さて、旧前津江村。 ここには宿題のバス停が二つあった。どうしても、見つけ切れなかったのだ。 1つは前津江旧役場付近の「梅木」。路線図で確認するも一度発見できず・・・ん、壁型バス停か!! がっくりしながら次の「川原」へ。前津江線は末端が二股に分かれていて、バスはまずこの赤石支線のほうにいったん潜り込む。それから、元きた道を折り返してもう1つの沢の大野支線、終点の座目木に向かう。 その終点がこちら。 「何もない」「忘れ去られた」なんて言葉が出る、寂寥たる風景の終点。 さてその一歩手前のバス停が、この「川原」。 バス停カット状に、道路が大きく左にスペースを開けている。その真ん中にあるのは・・・ん、ごみ置き場か。車を降り、ごみ置き場に時刻表がくくりつけられていないか、また周囲に標識が落ちてないか確認する。・・・ない。そこから分かれる道、旧道になっていないか。・・・地形的になさそうだ。近くの川、橋が一本しかないようだ。 で、建物といえば隣の赤石小学校からここまで、ひいてはその隣の温所まで。一向に見えないよなあ。あるとすれば、そこの本当に傾きかけた作業小屋・・・だけ・・・ええええええ!? 反対側のほうから見ると、本当にいろんな部分がゆがんでしまっていて、指で押しても壊れるんじゃないか?って心配になるくらい。もうさすがに、この建物はまったく使っていないようだった(当たり前だ)。 手前の小屋はまったく別物、かつ現役の木材置き場。 中では地元のおじいさんが作業中、バス停の撮影許可をとる。 にこりと笑って「よかですよー」。 そういえば以前ここに来たとき、この赤石の支線沿線では誰とも出会わなかったはず。 ようやく人に出会えた。と同時に、自分の中にあったこの村の景色が、ようやく人肌を感じる色に染まっていったのを感じた。 その神々しい軒下バス停は、そのあまりにも軒下にあるという立地から、今までなかなか写真に収めることを躊躇させてきた。 ここはさすがに家の人の許可がいるだろうと思い、何度ドアチャイムを押してみても留守だったのである。・・・ドアチャイムを押すまでやるかあ?と訝る御仁、筆者は学生のころ某社某営業所の住宅地図調査バイトのヌシをやっていたのだ。まずは笑顔と誠意だ!! 残念ながら上は遠巻きの写真。しかも携帯、画像保存サイズを間違えて小さいまま。これはいつか果たすその日までの宿題だったのかもしれない。 で、今日アタックしてみたらなんと。 家人が表で園芸をしてらっしゃいました。 早速了承を取るべく聞いてみる。 「あのう、すいません。このバス停の写真、撮らせていただけないでしょうか?」 「いいですけど、これそんな珍しいですかね?」 家人の方は、全くてらいのない表情でそう答えた。 写真を撮る間、このバス停が以前、「大坪尻」って名前だったのにいつの間にか「小坪尻」になった、という話をして頂いた。 撮影終了、丁重に礼を言い、幾重にもお礼をして現場を離れた。 実は日田バス、最近になってやっぱり標柱を作り変えているようだ。おそらくこのバス停も、もうじきそれに取って代わる予定だろう。それどころか、例の高速道路1000円の施策のおかげでこの一日2本の過疎路線自体が消えるかもしれない。日田バスのドル箱と想像していた高速バス路線のリストラが、先日発表になっているのだ。 いろんな意味合いで間に合った、という気分でいっぱいになる。 本当に家人の方、ありがとうございました。 |
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